東京地方裁判所 昭和35年(ワ)6935号 判決 1963年9月14日
判 決
アメリカ合衆国ペンシルバニア州インディアナ郡ホーマー市
原告
シントロン・コンパニー
右代表者副社長総支配人
バイロン・ケイ・ハートマン
東京都中央区西八丁堀一丁目四番地
原告
神鋼電機株式会社
右代表者代表取締役
中井義雄
右両名訴訟代理人弁護士
湯浅恭三
坂本吉勝
久保田穣
右訴訟復代理人弁護士
大場正成
山下武野
東京都千代田区丸ノ内二丁目十番地
被告
株式会社日東電機製作所
右代表者代表取締役
高橋清繁
右訴訟代理人弁護士
和久井宗次
玉井幹一
利重節
右当事者間の昭和三五年(ワ)第六、九三五号特許権侵害停止並びに損害賠償請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
一、被告は、業として、別紙第一目録記載の物件を生産し、使用し、譲渡し、貸し渡し、または、譲渡もしくは貸渡のために展示してはならない。
二、被告は、その所有にかかる前項掲記の物件(完成品)および、その半製品(別紙第一目録記載の構造を具備しているが物品搬送機として完成するに至らないもの)を廃棄せよ。
三、被告は、原告シントロン・コンパニーに対し、金四百五万八千三百五十九円、および、これに対する昭和三十五年九月五日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
四、被告は、原告神鋼電機株式会社に対し、金千百八十二万千七百九十一円、およびこれに対する昭和三十五年九月五日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
五、訴訟費用は、被告の負担とする。
六、この判決は、被告に対し、第三項につき、原告シントロン・コンパニーにおいて金百三十万円の担保を、第四項につき原告神鋼電機株式会社において金四百万円の担保を供するときは、それぞれこれを、かりに執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告ら訴訟代理人は、主文第一項から第五項同旨の判決および同第三項から第五項に対する仮執行の宣言を求めた。
二 被告訴訟代理人は、本案前の申立として、「原告らの訴は、却下する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求め、本案に関する申立として、「原告らの請求は、棄却する。訴訟費用は、原告らの負担とする。」との判決を求めた。
第二 当事者の主張
原告ら訴訟代理人は、請求の原因等として、次のとおり述べた。
(原告らの特許権と実施権)
一 原告シントロン・コンパニー(以下「原告シントロン」という。)は、その技術者ウイリアム・ヴァニス・スパーリンによる搬送装置の発明について、昭和二十七年九月五日、特許庁に特許の出願をし、昭和二十九年十月六日の出願公告を経て、同年三十年一月二十四日、特許番号第二一〇、六七六号、名称「搬送装置」として、特許権を取得した。
原告神鋼電機株式会社(以下「原告神鋼」という。)は、昭和二十八年十一月十七日、原告シントロンとの契約により、本件特許権につき独占的実施権を取得し、ついで、現行特許法(昭和三十四年法律第百二十一号)施行ののちである昭和三十五年六月十三日、専用実施権の設定契約を締結し、同年七月十八日その登録を受けて専用実施権を取得した。しかして、右各実施権とも、範囲は全部、実施料は昭和三十三年十一月十七日までは実施品の工場渡価格の六パーセント、それ以後は同じく五パーセント、という約定のものであつた。
(特許請求の範囲)
二 本件特許の願書に添附した明細書に、特許請求の範囲として記載されたところは、「円筒其の円筒の内壁に沿うて上方に延びを円形の傾斜搬送路及搬送物質を円筒の下端から上端へと前記円形の傾斜搬送路に沿つて搬送する為の前記円筒の運動を傾斜した弧状の軌道に振動せしむる為の弾性体部分より成る事を特徴とする搬送装置」というにある。
(本件特許発明の要部等)
三 本件特許発明の要部およびその目的とする作用効果は、次のとおりである。
(一) 本件特許発明の要部は、搬送装置で、
(1) 円筒
(2) 円筒の内壁に沿つて上方に延びる円形の傾斜搬送路
(3) 搬送物質を円筒の下端から上端へと前記円形の傾斜搬送路に沿つて搬送するための、前記円筒の運動を傾斜した弧状の軌道に振動させるための弾性体部分
という三つの要件よりなつているものというところにあり、したがつて、円筒や搬送路の形態、振動を与える装置、弾性体部分の林料などには、何らの限定もなく、これらが、搬送される部分の形状に応じ、また搬送の目的に応じて、どのような変形または置換をされても、本件特許発明の技術的範囲に包含されることに変りはない。
(二) しかして、本件特許発明は、右の三つの要件よりなる搬送装置であることにより、次のような作用効果をあげることをその目的とするものである。すなわち、前記円筒には、傾斜した弧状の軌道の振動が与えられる結果、円筒の中に入れられた物品は、微細に観察するときは、円筒の下端から上端へと、円形の傾斜搬送路に沿つて持ち上げられ、投げられるのであるが、この振動は微少であるため肉眼では全くわからず、きわめて円滑に搬送されているように見える。しかして、右円筒内に、一定の型を有する物品、たとえば、ペン先、王冠、ガラス部品または機械部品等を一括して投入しておけば、前記のような弾性体部分の振動作用によつて、円筒内の物品は一個ずつ傾斜搬送路を伝つて上昇し、規則正しく円筒外に運び出されるので、大量生産過程における部品搬送の作業を自動的かつ連続的に行なうことができるのである。
(被告の製品)
四 被告が製造、販売などしている製品は、別紙第一目録記載のとおりである。
(被告の製品の特徴)
五 被告の製品は、次のような構造上の特徴および作用効果を有している。
(一) 被告の製品は、搬送装置で、
(1) 円筒
(2) その円筒の内壁に沿つて上方に延びる螺旋形の傾斜搬送路
(3) 右円筒の支柱となつている、一端が円筒の下端部に取り付けられ、他端が土台上に固定された傾斜した四枚の板バネ、および、土台上に設置された、円筒に上下方向の振動を与える電磁石装置という構造をそなえている。
(二) 右(3)の電磁石装置と板バネとの組合わせにより、(1)の円筒は、傾斜した弧状の軌道の振動をし、この振動作用によつて、物品は(2)の搬送路に沿つて搬送され、本件特許の搬送装置と同一の作用効果をあげるものである。
(本件特許と被告の製品との対比)
六 被告の製品は、本件特許発明の要部を構成する前記三の(一)の(1)、(2)の要件をそなえていることは明らかであり、また、同じく三の(一)の(3)の要件についてみても、被告の製品の有する前記五の(一)の(3)の構造は、前記五の(二)のとおりの作用をすることから、右構造における板バネが、前記三の(一)の(3)の要件における弾性体部分にあることは疑いのないところであり、結局、被告の製品は、本件特許発明の要部を構成する三つの要件のすべてをそなえており、その作用効果も前記五の(二)のとおり、本件特許発明の目的とする前記三の(二)の作用効果と同一であるから、被告の製品は、本件特許発明の技術的範囲に属するものである。
(差止請求)
七 被告は、別紙第一目録記載の物件を生産し、使用し、譲渡し、貸し渡し、または譲渡もしくは貸渡のために展示しており、右物件は前記のとおり、本件特許発明の技術的範囲に属するものであり、被告の右行為は、原告シントロンの前記特許権および原告神鋼の前記専用実施権の侵害となるから、原告らは、右各権利にもとずいて、被告の右行為の差止を求め、また被告は右侵害の行為を組成した前記物件の完成品、半製品を所有しているので、原告らは、前記各権利に基いて、その廃棄を求める。
(損害賠償請求)
八 原告らは、被告の行為によつて、次のとおりの損害をこうむつた。
(一) (被告の製造販売)被告は、別紙第一目録記載の物件を昭和三十二年八月二十四日から昭和三十五年六月末日までの間に、別表該当欄記載のとおり、売上金額にして、合計金五千三百十七万四千三百二十円に相当する数量の製造販売をした。
被告は、右製造、販売にあたつては、原告シントロンの特許権および原告神鋼の前記独占的実施権の存在を知り、したがつて、右製造販売が、これらの権利の侵害となることを知つていたか、過失によつてこれを知らなかつたものである。
(ニ) (原告シントロンの損害) 原告シントロンは、被告の前記製造、販売がなかつたならば、その数量にひとしい数量の本件特許発明の実施品を、原告神鋼に製造、販売させ、これによる前記約定による実施料を得ることができたはずであつたところ、被告の製造販売によつてこれが妨げられ、右得べかりし実施料と同額の損害をこうむつた。しかして、被告の製品の価格と原告神鋼の実施品の価格との比は、少なくとも七十五分の百十を下らないから、同一の数量を製造、販売すれば、原告神鋼の売上高は、別表のとおり、合計金七千七百九十八万九千一円となり、したがつて、これに約定の実施料率を乗じた合計金四百五万八千三百五十九円が原告シントロンの損害額である。
(三) (原告神鋼の損害) 原告神鋼は、被告の前記製造、販売により、前項記載のように、合計金七千七百九十八万九千一円を下らない売上を妨げられたので、右金額に別表のとおりそれぞれ製造、販売できたはずの時期の利益率を乗じた合計金千百八十二万千七百九十一円の得べかりし利益を失ない、同額の損害を蒙つた。
よつて、原告らは、被告に対し、右各損害金およびこれに対する損害発生の後である昭和三十五年九月五日から支払いずみに至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(被告の本案前の主張に対する主張)
九 被告が訴却下を求める理由として主張するところは、いずれも否認する。
別紙第一目録の記載等は、差止請求の対象物を特定するに充分である。
(先使用の抗弁に対する主張)
十 被告が先使用の根拠として主張する事実は、すべて否認する。かりに、被告が、その主張のとおり、別紙第二目録記載の搬送機の製造、販売事業をしたとしても、右搬送機は本件特許発明の実施品ではない。すなわち、被告主張の搬送機は、請求の原因三の(一)の(3)に記載された弾性体部分を有しないから、円筒に傾斜した弧状の振動が与えられることはない。のみならず、別紙第二目録記載の搬送機は、被告の現に製造、販売などしている同第一目録記載の物件とも、その技術思想を異にする。
(権利濫用の抗弁に対する主張)
十一 被告の権利濫用に関する抗弁事実は、否認する。かりに、別個の特許が無効になつたとしても、本件特許権の行使が許されなくなるいわれはない。
(権利失効の抗弁に対する主張)
十二 権利失効に関する被告の抗弁事実は、否認する。
被告訴訟代理人は、答弁等として、次のとおり述べた。
(本案前の主張)
原告らの訴は、次の理由により、不適法として却下されるべきである。
(一) 原告らの差止請求の対象物は特定していないから、不適法である。すなわち、
基板、外枠、多数の可撓性装置および駆動装置よりなり、外枠は全体組立装置の中心軸に関して対称的に構成され、可撓性装置はその中心軸に関して対称的に配置され、その両端がそれぞれ基板および外枠に結着して外枠が中心軸の周りの弧状進動路を往復するための支持仕組となり、駆動装置は外枠に脈動エネルギーを与えるように装置した螺旋型振動コンベヤーおよび充填機を操作する装置は、すでに公知であるところ、原告が差止を求める物件として第一目録に記載したものは、この公知の思想をさらに抽象化した観念的図形であるにすぎず、これをもつて被告の現実に製造、販売している搬送機の機構を特定するものということはできない。また廃棄を求める対象物については、その内容、数量、範囲を明示すべきであり、単に抽象的に完成品、半製品とするだけでは、特定を欠く。
(二) 原告らの請求は、主観的併合の要件を欠き、不適法である。すなわち独占的実施権ないし専用実施権の設定によつて、原告シントロンは、差止および損害賠償請求権を失なつているので、原告らは、差止および損害賠償請求をするのに共通の地位に立たず、訴の主観的併合の形態を利用しえないのである。また、かりに原告シントロンが損害賠償請求について、原告神鋼と両立しうる地位にあるとしても、前者の損害賠償請求権は特許権の侵害に基くものであり、後者のそれは専用実施権の侵害に基くもので、法律上および事実上の原因を異にし、権利関係が異種であるから、主観的併合の要件を具備しない。
(三) 原告らの損害賠償請求は、客観的併合の要件を欠き、不適法である。すなわち、右請求は訴訟物自体を共通にせず、異種の権利侵害を理由とするものであるからである。
(請求の原因に対する答弁)
一、請求原因一の事実のうち、原告シントロンの特許権取得の経過および原告神鋼のために原告ら主張のとおりの専用実施権設定登録がされたことは認めるが、その余の事実は知らない。
二、同二の事実は認める。
三、同三のうち、本件特許発明の要部が、同三の(一)の(1)から(3)の要件よりなる搬送装置という点にあること、および、その願書に添附した明細書中の実施例による製品が、同三の(二)のような作用効果を有することは認めるか、その余は否認する。しかして右三の(一)の(3)の記載をもつてしては、いかなる具体的思想を示すものであるか全く不明で、技術的思想としての特定を欠き、このような抽象的概念を要件とする発明は、全体としてその範囲が不明であり、その発明について成立した権利の行使は実質上不能であるから、原告らの請求は、この点においてすでに理由がない。
四、同四の事実は否認する。別紙第一目録の記載は抽象的であり被告の製造、販売している具体的製品を表示していない。
五、同五のうち、被告の製品が(一)の(1)および(2)の構造を有していること、および、それが本件特許発明の実施例による製品と同一の作用効果をあげうるものであることは認めるが、その余は争う。被告の製品には、円筒の内壁上に沿うて上方に延びる搬送路はあるが、それは螺旋形の傾斜搬送路ではなく、各種の走路の結合したものである。
六、同六、七、八の事実は、すべて否認する。もつとも被告は、原告ら主張の期間に、その主張の売上金額の「部品連続整送機」を製造、販売したことは争わない。なお、原告シントロンは、専用実施権の設定により、差止および損害賠償の請求権を失なつたものであるから、その請求は理由がない。
(先使用の抗弁)
七、かりに被告の製品が本件特許発明の技術的範囲に属するとしても、被告は、本件特許出願の日以前である昭和二十七年四月、善意で右発明の実施品である別紙第二目録記載の物品搬送機を完成し、その製造、販売の事業をし、または、少なくともその事業設備を有していたから、右物品搬送機と同一の発明思想に属する現在の被告の製品につき、これを製造、販売すべき実施権を有する。すなわち、右物品搬送機においては、円筒形内壁に沿りて上方に延びる円形の螺旋状の搬送路(ハ)を有する円筒容器(ロ)をそなえ、その下部中心に取り付けられた主軸(ニ)は、左右一対の電磁マグネット(ワ)のアマチュア・コア(タ)で腕(ヌ)を介してねじれ振動が与えられるようになつており、またこれらアマチュア・コアと腕の両端は、振動に対して可撓性をもつ板バネ(レ)で支えられていて、円筒内に入れられた小物品を、円筒容器内壁の螺旋を形成する傾斜搬送路の傾斜振動にともなつて搬送路の下端から上端へ一定方向に並べて移送するようにしたものである。しかして円筒容器(ロ)は、ボール(へ)によつて支えられているため下方に動く余地はないが、上方に動くことはでき、また容器と基盤とは、可撓性物体(ソ)によつて結合されているから、この部分では、容器は上下方向に微移動する自由をもつている。その故に電磁石(ル)(ワ)によつて板バネ(レ)が吸引されたときは、容器(ロ)は腕(ヌ)を介して円周方向に回転させられるとともに、その底面のボール溝(リ)の傾斜に沿うて下降する。次に電磁石の励磁が断たれると、吸引によつて下降していた円筒容器(ロ)は、板バネ(レ)の弾発力によつて逆方向に回転されると同時に、その底面のボール溝(リ)の傾斜面に沿うて上昇する。したがつて、円筒容器(ロ)は傾斜した弧状の軌道の振動をするのである。
以上のとおり右搬送機は、請求原因三の(一)の(1)から(3)の要件のすべてをそなえている(すなわち、右(1)、(2)の要件については明白にこれをそなえ、(3)については、右板バネ(レ)が「円筒の運動を傾斜した弧状の軌道に振動させるための弾性体」にあたる。)ので、本件特許発明の実施品といいうるのである。
(権利濫用の抗弁)
八、本件特許発明とその思想を同じくする先願の特許第二一三、九三九号は、すでに被告の請求による無効の審決が確定し、無効となつているから、後願の本件特許権を被告に対して行使することは、権利の濫用として許されないところである。
(失効の原則による抗弁)
九、原告神鋼は、本件特許権および無効となつた前記別件の特許権に基き、昭和三十一年三月十三日、被告に対し、その搬送機の製造、販売等の中止を要求したが、被告はこれに対し、同月十七日これに応じ難い旨の回答をした。しかるに、その後昭和三十五年八月二十四日本件訴訟提起に至るまで、四年五か月にわたる被告の盛んな宣伝発売に対し、差止等の権利行使の措置をとらず放任し、しかもその間に、昭和三十二年八月二十一日、別件の前記特許に対する無効審決が下され、これが確定したにもかかわらず、本件特許権を発動せず、黙認の態度をとつているので、被告は原告らにより、本件特許権に基く差止請求権等が行使されないと信頼すべき正当の事由を有するに至つたというべきところ、本件特許(明日なる無効原因を有する。)に対する無効審判請求の除斥期間(昭和三十五年一月二十四日まで)が経過するにや突如本件訴訟を提起し、差止請求権等を行使することは、信義誠実に反すること明白であり、このような権利行使は、いわゆる失効の原則により許されないものといわなければならない。
第三、証拠関係≪省略≫
理由
(本案前の申立、主張について)
(一) 対象物件の特定
1 別紙第一目録の記載
原告らは、本訴請求において差止を求める物件につき、別紙第一目録および図面により、日東の部品連続整送機またはパーツ・フィーダーという商品名を附された物品搬送機のうち、同目録および図面記載の構造を有する物品搬送機としてこれを表示しているところ、この程度の構造の記載があれば、物品搬送機のうち、このような構造を有するものを然らざるものから容易に判別することができることは明らかであるから、対象物件の特定として欠けるところはないものといわなければならない。けだし、対象物件の特定といつても、個々の物件についてその構造等を余すところなく表示することは事実上不可能であり、また、その必要もないのであり、審理の対象となる物件の範囲が明確にされており、それが具体的にはどの範囲の物件を示しているかを知ることができれば、それで十分とすべきだからである。
被告は、前記記載が従来公知のものを、より一層抽象化したものであることを前提として、これを特定に欠けるものである旨主張するが、かりにそうだとしても、公知のものを抽象化したものにすぎないということは、そのこと自体は、対象の特定の問題とは何ら関係のないことである。
2 廃棄を求める物件
(1) 所在場所、数量の表示
原告らは、廃棄を求める物件として、単に被告所有にかかる第一目録記載の物品搬送機の完成品および半製品というに止まり、その数量を特定していない。したがつて、原告らは被告の所有にかかる上記物件について、その所在場所、数量等に関係なく、すべてこれを廃棄すべきことを求めているものというべきところ、本件請求においては、原告らにおいて被告所有の上記物件について、あるいは、刻々変化することあるべき、数量を特定することが甚だ困難である反面、被告所有の右物件が、その数量等にかかわりなく、すべて原告主張の侵害行為によつて生じたものかどうかの点について審判することが、特段の事情のない限り、必ずしも困難でないと考えられるから、結局、廃棄を求める物件としては、その数量を表示しないからといつて、執行の際の便宜の点は別として、それだけで必ずしも特定を欠くとはいいえないものというべきである。なお被告は、対象物の「内容、範囲」をも明示すべきであると主張するが、それが明示されていることは、請求の趣旨の文言上、まことに明白であろう。
(2) 「半製品」という表示
被告は、廃棄を求める対象物について、抽象的に「半製品」というだけでは特定を欠く旨主張し、その部分の訴の却下を求める。
「半製品」という表示自体は、抽象的であり、廃棄を求める対象物の表示としては、はなはだしく適確、具体性を欠き、杜撰のそしりを免れないことは、まさに被告の指摘するとおりであるが、さればとて本件において、その特定を欠くとするのは、ゆきすぎである。
けだし、原告らが本件において廃棄を求めるものは、帰するところ、
(1) 主文第一項掲記の物件、すなわち同項記載の構造の物品搬送機(特別の制限的な文言のない限り、完成品を意味することは、日常の慣用語として、あるいは、とくに、ことわるまでもないかもしれない。)
(2) その物品搬送機としての未完成品、すなわち、別紙第一目録記載の構造を備えてはいるが、物品搬送機そのものとして、実用に供しうる程度には完成されていないもの
であることは、本件対象物件の性質、形状、構造および「第一項掲記の物件(完成品)およびその半製品」という表現と、原告らの本訴廃棄請求が、本件特許権の侵害行為を組成し、または、としての「右物件およびその半製品」を対象としていること(このことは、請求の趣旨を合理的に解釈することによつて明らかといえよう。)とを総合考案することで、必ずしも、これを理解しえないではないからである。
したがつて、右と見るところを異にし、対象物の特定を欠くとする被告の主張は、結局、この点に関する原告らの用意の不十分さを指摘するにとどまり、それ以上の特段の意義をもちえないものといわざるをえない。
(ニ) 訴の併合の要件
被告は、原告らの本訴請求が訴の主観的、客観的併合の要件を欠いているとして、本件訴の却下を求めるが、訴併合の要件を欠く場合においても、(本件において、訴の併合審理を許さない事由は見当らない。)それぞれの訴について各別に審判すべきものとされるにとどまり、これがために、訴の全部または一部が当然不適法として却下されるべきものではないことはいうまでもないから、被告の右主張は、採用しうべき限りではない。
(原告らの特許権と実施権について)
一 原告シントロンが、昭和二十七年九月五日、本件特許の出願をし、同二十九年十月六日の出願公告を経て、同三十年一月二十四日、特許番号第二一〇、六七六号、名称「搬送装置」として、本件特許権を取得したこと、および、原告神鋼が、その主張するとおりの専用実施権の設定登録を受けたことは、本件当事者間に争いがなく、右事実に、(証拠―省略)をあわせ考えれば、原告神鋼は、昭和二十八年頃、原告シントロンとの契約により、当時出願中であつて本件特許発明につき、特許権が附与されることを条件として、範囲は全部、実施料は正味販売価格の六パーセントとする独占的実施権の設定を受け、ついで昭和三十三年十一月十七日、右実施料を五パーセントと改め、さらに、昭和三十五年六月十三日、同じく範囲は全部、実施料は正味販売価格の四パーセントとする本件特許の専用実施権の設定を受け同年七月十八日、その登録手続を経たことが認められ、右設定に反する証拠はない。
(特許請求の範囲について)
二 本件特許の願書の添附した明細書に特許請求の範囲として記載されたところが、「円筒、其の円筒の内壁に沿うて上方に延びる円形の傾斜搬送路及搬送物質を円筒の下端から上端へと前記円形の傾斜搬送路に沿つて搬送する為の前記円筒の運動を傾斜した弧状の軌道に振動せしむる為の弾性体部分より成る事を特徴とする搬送装置」というものであることは、本件当事者間に争いがない。
(本件特許発明の要部等について)
三 当事者間に争いのない前記特許請求の範囲の記載によれば、本件特許権は、
(一) 円筒
(ニ) 円筒の内壁に沿つて上方に延びる円形の傾斜搬送路
(三) 搬送物質を円筒の下端から上端へと前記円形の傾斜搬送路に沿つて搬送するための前記円筒の運動を傾斜した弧状の軌道に振動させるための弾性体部分
という構造を具備した搬送装置の発明に対して与えられたものであることは明らかである。
被告は、とくに右(三)の点につき、その記載をもつてしては、具体的にいかなる技術的思想を示すか明らかでなく、このような抽象的概念を要件とする発明は、全体としてその範囲が不明である旨主張する。しかして、前記特許請求の範囲には、前記(三)の点に関して、「……前記円筒の運動を傾斜した弧状の軌道に振動せしむる為の弾性体部分」と記載されているのみであり、とくに右「為の」の意味についてはやや明確を欠く嫌いなしとしないが、成立に争いのない甲第二号証中の実施例の記載等によつても推認されるようにある程度互に関連する各部分の構造を備えた本件特許発明にかかる装置において、右「為の」の記載を、前記振動に対して「何らかの因果関係を持つ」というように広く解することは不合理であり、右記載は、より一層密接な関係、すなわち、弾性体が直接前記振動を支配しているような関係にあることを示すものと解するのが、本件特許発明の実質からみて、より合理的であると認められること、および、右甲第二号証の記載、とくに、その発明の詳細な説明中の「振動搬送に対する円形のものを得るには本件は垂直な中心軸の周りで傾斜して弧状運動のみ出来る様、且振動に対して可撓性を持つ部分に支えられねばならない。」との記載、ならびに鑑定人(省略)鑑定の結果をあわせ考えれば、前記(三)の点について前記特許請求の範囲の記載の意味するところは、「円筒を支持し、円筒を傾斜した弧状の軌道に振動させるための弾性体部分からなる振動支持体」というにあるものと解するのが相当である。
しかして、前示各事実によれば、右(一)ないし(三)の点が、本件特許発明の構成に欠くことのできないものであることは明らかであり、したがつて、本件特許発明の要部は、結局、
(一) 円筒
(ニ) 円筒の内壁に沿つて上方に延びる円形の傾斜搬送路
(三) 円筒を支持し、円筒を傾斜した弧状の軌道に振動させるための弾性体部分からなる振動支持体
という各要件を備えた搬送装置というにあるものと解するのが相当であり、以上の各判断を覆えすに足るべき資料はない。
次に、前記甲第二号証および弁論の全趣旨によれば、本件特許発明の実施品が、前認定の要部に当たる構造により、原告主張のとおりの作用効果をあげうるものであることが認められ、右に反する証拠はない。
(被告の製告およびその生産等について)
四 (証拠―省略)ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、被告は、日東の部品連続整送機またはパーツ・フィーダーという商品名で物品搬送機を生産し、使用し、譲渡し、貸し渡し、または、譲渡もしくは貸渡のために展示しており、その完成品および半製品を所有しているが、右物品搬送機のうちには、別紙第一目録記載の構造を有する製品が含まれていることが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
(被告の製品の特徴)
五 しかして、右認定にかかる被告の製品が、構造上、
(一) 円筒
(二) その円筒の内壁に沿つて上方に延びる螺旋形の傾斜搬送路
(三) 右円筒の支柱となつている一端が円筒の下端部に取り付けられ、他端が土台上に固定され、前記円筒の垂直中心軸のまわりに同方向に傾けて対称的に配置した四枚の板バネ、および、土台の上に設置された円筒に上下方向の振動を与える電磁石装置
という特徴を有することは、前認定の構造自体から明らかであり、また、右製品が、右特徴を形成する構造により、本件特許発明の実施品と全く同一の作用効果をあげうるものであることも、右構造そのものに弁論の全趣旨をあわせ考えれば、きわめて容易に、これを認めることができる。
(本件特許と被告の製品との対比)
六 本件特許発明の要部を形成する前記三の(一)(二)(三)の構造と、被告の右製品の構造上の特徴である五の(一)(二)(三)とを対比し、鑑定人(省略)の鑑定の結果を参酌して考えれば、右五の(一)(二)が三の(一)(二)にそれぞれ一致することは、きわめて明瞭であり、また五の(三)については、そこに示された四枚の板バネが個々の板バネからなる振動支持体を構成するものであることは疑いなく、また電磁石装置によつて円筒が断続的に下方に吸引された場合に、右板バネの弾力およびその配置により円筒が傾斜した弧状の軌道に振動することも容易に認められるので、右五の(三)の構造は、「円筒を支持し、円筒を傾斜した弧状の軌道に振動させるための弾性体部分からなる振動支持体」を示すものであり、したがつて三の(三)′と一致するものということができる。しかして、被告の前記製品が右五の(一)(二)(三)の構造により本件特許発明にかかる物品搬送機と同一の作用効果をあげうるものであることは前認定のとおりであるから、被告の右製品は、本件特許発明の要部を具備するものであり、その技術的範囲に属するものというべく、これを左右するに足る資料はない。
(先使用の抗弁について)
七 被告が、その主張のとおり、別紙第二目録記載の物品搬送機を完成し、その製造、販売の事業をし、または、その事業設備を有していたかどうかの点は暫く措き、まず、右物品搬送機が、本件特許発明の実施品に当たるかどうかの点について審究するに、次に説示するとおり、右物品搬送機は本件特許発明の実施品とは認め難い。すなわち、
別紙第二目録および添附の図面、説明書によれば、右物品搬送機が、円筒および円筒の内壁に沿つて上方に延びる円形の傾斜搬送路の構造を有していることは明らかであり、したがつて、右物品搬送機は、本件特許発明の要部を形成する前記三の(一)(二)の要件を備えているものといいうる。しかしながら、前記三の(三)′の要件である「円筒を支持し、円筒を傾斜した弧状の軌道に振動させるための弾性体部分から振動支持体」の構造については、右物品搬送機は、これを具備していない。すなわち、別紙第二目録および添附の図面、説明書に記載された構造を考察し、これに鑑定人(省略)の鑑定の結果をあわせて考えれば、右物品搬送機においては、円筒(ロ)は、その底面に取り付けられたボール溝(リ)が、基盤(イ)上に固定された支枠(ト)に設けられている支持金具(チ)の孔に収納されているボール(へ)上に置かれていることによつて、重力のため下方に動くことのないように支持されており、また、円筒の水平方向の移動は、主軸(ニ)によつて、これを阻止するようになつているものであり、右物品搬送機における唯一の弾性体部分である板バネ(レ)は、アマチュア・コア(タ)が電磁マグネット(ワ)により吸引され、右アマチュア・コアの運動が腕(ヌ)を介して主軸(ニ)に伝わることにより、主軸が回転し、そのため円筒に主軸を中心として水平に回転する力が加えられて回転したのち、電磁マグネットの励磁が断たれたときに、アマチュア・コアを元の位置に戻し、腕、主軸を介して円筒に逆方向の水平回転をする力を加える作用、換言すれば、電磁力の吸引力との共働により、円筒に水平方向の角振動を与える作用のみをするものであり、円筒の上下方向の振動は、右のように円筒が水平に回転することにより、円筒およびその内容物の重力のためボール溝(リ)の傾斜面がボール(へ)に接して移動するにつれて下降し、また、逆方向に回転することにより、傾斜面が逆方向に移動するにつれてボールに押し上げられることの結果として惹起されるもので、前記電磁力、板バネによる角振動と、右ボール、ボール溝、重力による上下振動とが合成されて円筒が傾斜した弧状の運動をするものであることが認められ、右認定に反する証拠はないところ、右事実によれば、右物品搬送機は、前記三の(三)′の構造を有していないものといわざるをえない。
なお、前示本件特許発明の要部および被告主張の右物品搬送機の構造を比較し、証人(省略)の証言によりその成立を認めうべき甲第十号証および前記鑑定の結果を参酌して考えれば、本件特許発明の実施品は、前記三の(三)(三)′構造により、傾斜した弧状の振動が所要の速度で往復とも強制的に行なわれるのに対し、被告の右物品搬送機においては、円筒の下降運動がもつぱら重力によつているため、所要の速度による傾斜した弧状の振動を得るのに正確を期し難い結果、後者は、ある程度前者におけるような物品の連続自動搬送の作用効果をあげることはできるけれども、前者に比し、右作用の適確性、能率において数等劣るべきものであることが推察される。
(乙号証―鑑定書―省略)に記載された見解中、右各判断と異なる部分は、いずれも本件特許発明の要部に関する不明確な表現をそのまま前提とするものであり、にわかに賛同し難く、他に右判断を左右するに足る資料はない。
右のとおり、被告の主張する前記物品搬送機は、本件特許発明の要部を構成する前記三の(三)′の構造を欠くものであり、また、前示のように作用効果の相違する点のみから考えても、右物品搬送機の前示振動作用を起す部分の構造を右三の(三)′の構造と均等視することもできないから、右物品搬送機は本件特許発明の実施品とはいいえないものとせざるをえない。
したがつて、これが本件特許発明の実施品であることを前提とする被告の先使用の抗弁は、その余の点について判断をもちいるまでもなく、失当というほかはない。
(差止請求について)
八 被告が別紙第一目録記載の物件を生産し、使用し、譲渡し、貸し渡し、または、譲渡もしくは貸渡のために展示していること、ならびに、その完成品および半製品を所有していることは、前認定のとおりであり、右物件が本特許発明の技術的範囲に属すること、また、前判示のとおりであるから、被告の右各行為は、原告シントロンの有する本件特許権および原告神鋼の前記専用実施権の侵害となるものというべきであり、したがつて、主文第一、二項のとおりその差止を求める原告らの請求は、その理由があるものということができる。
(損害賠償請求について)
九 被告が原告ら主張の期間に、その主張する売上価額にのぼる物品搬送機を製造販売したことは本件当事者間に争いがないところ、前示四記載の各証拠および弁論の全趣旨によれば、右売上高の物品搬送機は別紙第一目録記載のものであることが認められ、右に反する証拠はない。しかして、右第二目録記載の物件が本件特許発明の技術的範囲に属するものであることは、前判示のとおりであるが、成立に争いのない乙第二十三号証によれば、被告は、昭和三十一年二月二日頃および同年三月十三日頃の二回に亘り、原告神鋼から、被告による別紙第一目録記載の物件の製造販売が原告シントロンの有する本件特許権および原告神鋼の有していた独占的実施権の侵害となるので中止されたい旨の要求を受けていたことが認められるから、被告は、遅くとも右要求のあつた時以降は、被告の右物件の製造、販売が原告らの特許権および独占的実施権(昭和三十五年四月一日現行特許法施行後、専用実施権設定までは、独占的な通常実施権)を侵害することを知りうべき状態になつたものであり、被告は少なくとも過失により右権利侵害となることを知らずに前記製造、販売をしたものというべきものである。
次に、(証拠―省略)によれば、被告の製造、販売にかかる右製品は原告神鋼の製造、販売する本件特許発明の実施品と酷似しており、その作用効果も同じであること、右製品は、その用途からみて、他の装置をもつて換えることは困難であること、原告神鋼と被告とは、その取引の対象とする需要者が共通していること、および、原告神鋼の右実施品は、被告の右製品に比し高価ではあるが材質においてはこれより優れていることが認められるところ、以上の事実と、原告神鋼が前認定のとおり、本件特許につき独占的実施権を有しているため、原告神鋼以外の者に本件特許発明の実施品の製造、販売が許されないことをあわせ考えれば、もし、被告の前記製造、販売がなかつたとすれば、価格の若干の相違にもかかわらず、原告神鋼は、被告の製造、販売したと同数、同規格の前記実施品を販売しえたものと認定するのが相当であり、右認定を覆すに足る証拠はない。
しかして、前記甲第十二号証の一から三および弁論の全趣旨によれば、原告神鋼が、被告の製品と同数、同規格の実施品を販売しえた場合には、少なくとも別表該当欄記載のとおりの価額にのぼる販売をすることができたものと認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
(一) 原告シントロンの損害
原告シントロンは、原告神鋼において右価額にのぼる販売をすることができたとすれば、これに前認定の率を乗じた額の実施料として別表該当欄記載の金額を原告神鋼から受けうべきものであるから、同原告は、被告の前記侵害行為により、右得べかりし利益を失ない、同額の損害を蒙つたものというべきである。
(二) 原告神鋼の損害
いずれもその成立に争いのない甲第十四号証の一から三によれば、原告神鋼における本件特許発明の実施品であるパーツ・フィーダーの販売による純利益の率は、各期間につき別表該当欄記載のとおりであることが認められ、これに反する証拠はない。
したがつて、原告神鋼が前記価額にのぼる販売をすることができたとすれば、少なくとも、右価額から原告シントロンの得べかりし実施料を差し引いた額にそれぞれ販売の期間における右利益率を乗じた別表該当欄記載のとおりの金額を得べきものであつたところ、前記被告の侵害行為により同原告は右金額の得べかりし利益を失ない、同額の損害を蒙つたものといいうるのである。
叙上のとおりであるから、被告に対し、右各損害金およびこれに対する損害発生の後である昭和三十五年九月五日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める原告らの請求は、その理由があるものということができる。
(権利濫用の抗弁について)
十 かりに、被告主張のとおり本件特許発明とその思想を同じくする先願の特許権第二一三、九三九号が被告の請求に基く無効の審決の確定により無効とされていたとしても、そのことだけで、本件特許権を被告に対して行使することが権利の濫用となるいわれはなく、他に原告らの本訴請求を権利の濫用とすべき事由について何ら主張立証はないから、被告の権利濫用の抗弁は採用できない。
(失効の原則による抗弁について)
十一 被告は、本件特許権に基く差止請求権等が行使されないと信頼すべき正当の事由を有するに至つた理由として、原告神鋼が本件特許権および前記先願特許権に基き被告に対しその搬送機の製造販売の中止を要求し、被告がこれに応じ難い旨回答してから、本訴提起まで四年五か月の間、被告の盛な宣伝発売に対し、原告らは何ら差止等の権利行使の措置をとらなかつた旨主張するが、かりに右のとおりであつたとしても、すでに被告において差止等の要求を拒否する態度を明らかにしている以上、原告らにおいて単なる中止の要求を重ねても意味のないことは明らかであり、また、特許権に基く差止等の訴を提起するについては、慎重な考慮と相当の準備期間とを要することも当然であるから、四年余の間、原告らが被告に対し、重ねて中止の要求をし、あるいは訴訟手続により差止を求めることをしなかつたとしても、それだけで、被告らにおいて、被告の侵害行為が黙認され、差止等の権利行使を受けることがないものと信頼すべき正当事由を有するに至つたものとはなしえないことはいうまでもない。
しかして、被告は、本件特許発明が前記先願特許にかかる発明とその思想を同じくするとの前提に立つて、右先願特許権が昭和三十二年八月二十一日無効審決の確定により無効とされたことをも右の正当事由としてあわせて主張し、また、右無効審決の確定により本件特許権も明白な無効原因を有するに至つたものであるのに、これに対する無効審判請求の除斥期間が経過するに及んで突如本件訴訟を提起したことは信義誠実に反すること明白である旨主張するので、この点について審究するに、前記甲第二号証および成立に争いのない乙第二号証によれば、本件特許発明が円筒とその内壁に沿う傾斜搬送路を有し、右円筒が傾斜した弧状の軌道に振動する物品搬送装置に関するものであるのに対し、前記先願特許にかかる発明は、円筒や傾斜搬送路については何ら限定するところがなく、外枠が中心軸の周りの弧状運動路を往復するように装置した電磁石振動運動発生装置に関するものであることが認められるから、両者が発明の思想を同じくするものといいえないことは明らかであり、また、いずれもその成立に争いのない乙第三、第四号証によれば、前記先願特許に対する無効審決は、右特許の特許請求の範囲に記載された弧状運動路を往復するための機構が、公知例としての米国特許第二四六四四二一六号における特許請求の範囲の記載とその公報に記載されている前者の明細書における図面と完全に一致する図面とにより、容易に実施できることを理由として、右特許を無効としているものであることが認められるから、右特許が無効にされたことをもつて、前示のようにこれと発明思想を異にする本件特許に明白な無効原因があるとすることはできないから、被告の右各主張は、その前提を欠き、採用に値しないものといわざるをえない。なお、単に、無効審判請求の除斥期間中差止請求等をせず、右期間経過後にその請求をしたということだけで、右請求を信義誠実に反するものとしえないことは、右除斥期間が特許権を長く浮動の状態に置くことを避けるために規定されていたことからみても、疑いのないところである。
以上説示のとおりであるから、被告の右抗弁もまたその理由がないものというほかはない。
(むすび)
十二 よつて、原告らの請求はすべて認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を、それぞれ適用して(ただし、訴訟費用に関する部分は、相当でないから却下する。)、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第二十九部
裁判長裁判官 三 宅 正 雄
裁判官 竹 田 国 雄
裁判官楠賢二は、転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官 三 宅 正 雄
第一目録
別紙図面のように、内壁に螺旋形の物品搬送路を設けた円筒を上部に有し、一端が右円筒下端部に取り付けられ、他端が土台上に固定された傾斜した四本の板バネを右円筒の支柱として有し、右円筒に上下方向の振動を与える電磁力装置を有する物品搬送機(商品名日東の部品連続整送機またはパーツ・フィーダー)。
第二目録
別紙図面(第一図から第三図)およびその説明書記載の構造を有する搬送機
図 面 の 説 明 書
第一図は上部円筒の一部を切欠いて示し全体の正面図、第二図はMIM線による横断平面図、第三図は一部切断面を示す側面図である。
これらの図面において、(イ)は基板、(ロ)は搬送物を収容する円筒容器、(ハ)は円筒容器の内壁に沿うて上方に延びる搬送路、(ニ)は容器中心軸に取付けられた主軸で、その下端は基板(イ)の定置されたボールベアリング(ホ)に嵌合されて、容器(ロ)の重量を支えると共に、その円周方向の運動に対し自由なように保持されている。(ヘ)は容器(ロ)の同一円周上に配置されたボールで支持金具(チ)の孔に収納されている。(リ)は容器(ロ)の底面に取付けられたボール溝で、容器(ロ)の円周方向の往復運動に、強制的に上下方向の運動が伴なうように傾斜して作られている。(ヌ)は主軸(ニ)に対称的に取付けられた腕で先端にアマチユア・コア(タ)を取付ける。
(ル)はバイプレータ・マグネットコア・(ワ)はマグネットコイル・(ト)はマグネットベースを取付ける支枠・(レ)は板ばねで電磁マグネット(ワ)により間接的に吸引されるアマチユア・コア(タ)を共振運動させるように予め選定されており、その上下両端が弾性体(ソ)で挾着されて容器(ロ)の合成運動のねじれ振動に対し自由になるような構造となつている。
(ヨ)はバイブレータ主柱、(カ)は主柱(ヨ)は板ばね(レ)を締付けるナットである。
別表
単位 円
期間
被告製品売上高
原告神鋼が
販売しうべかりし
実施品の価額
原告シントロン
の損害
原告神鋼
の損害
実施
粁率
金額
純利
益率
金額
昭和
三二、八、二四~
三二、九、三〇
六七〇、〇〇〇
九八二、六六六
六%
五八、九五九
一六、四%
一五一、四八八
三二、一〇、一~
三三、九、三〇
一〇、一六四、八五〇
一四、九〇八、四四六
六%
八九四、五〇六
九、六%
一、三四五、三三四
三三、一〇、一~
三四、九、三〇
一六、六一八、〇五〇
二四、三七三、一四〇
五%
一、二一八、六五七
一四、一%
三、二六四、七八二
三四、一〇、一~
三五、六、三〇
二五、七二一、四二〇
三七、七二四、七四九
五%
一、八八六、二三七
一九、七%
七、〇六〇、一八七
計
五三、一七四、三二〇
七七、九八九、〇〇一
四、〇五八、三五九
一一、八二一、七九一